「ゾット帝国」を徹底解明

syamu game(裕P)さんが執筆した小説「ゾット帝国」を考察しています。

【『これが~ユージの歩く道!』考察】第八回「第三話の内容」

ゾッ帝も酷かったですが、ユージはもっと酷いですね。

ゾット帝国シリーズがSyamuさんなりの成長の結果だったとは…… 思いもよりませんでした。

第三話の内容

出典:http://web.archive.org/web/20151129234134/http://piapro.jp:80/t/pTXS

前回、思わせぶりな終わり方だったので、このまま新キャラ登場の流れかと思っていたのですが、どうやら前回の続きではないようです。内容的に、過去の回想シーンと理解して差し支えないでしょう。時系列的には第一話より前の事象であると思われます。

最初のシーン

親が子どもを迎えに来ていますので、場所は保育所か幼稚園でしょうか。

放課後、いじめっ子もいないのに、教室で遊ぶことも先生と話すこともできない祐二。彼は母親の迎えを待ちますが、両親が共働きのため、いつも最後まで(保育所?に)残っている、というシーンです。

個人的には、手を握って一緒にいてくれた先生に対して無礼極まりない(話しかけられたのに返答しない、聴きたくもない声との記述、見送ってくれたのに振り向きもしない)態度をとるのがすっげー腹が立ちました。どんな教育してんだ、この子どもの親は。

次のシーン

えーざっくり言いますと、迎えにきた母と手をつないで帰る祐二。途中、公園の側を通った時、子どもたちが遊んでいるのを見て、彼は

「友達って何なの? 母さんは、友達いるの?」

という疑問を口にします。その言葉に、祐二の母は、友達もなくただ一人で迎えを待っている息子の姿を思い浮かべ号泣。

「ごめんね……ごめんね……」

と狂ったように謝りながら息子を優しく抱きしめます。

仕事で忙しい自分にとっって、それが精一杯の愛だった。

とのことです。

……ん?

友達ができないのを親のせいにしてませんか、これ。

加えて、そもそも第一話の記述と矛盾しているんですね。第一話には、祐二がいじめられていることに両親は気づいていながらも、

あえて少年の両親は、何もしなかったのだ……
自分の息子の強さを見守るために……

と書いてあります。

つまり

両親が祐二にあまり手をかけない理由について、第一話では「息子の成長を見守るためにあえて」、第二話では「共働きで時間がないから」と説明しており、矛盾している。

イジメについては両親が学校に言いつければ無くなるかもしれません。友達の有無に関しては、普通に考えて両親の責任ではないと思うのですが、母親は自分の責任であるかの如く謝罪しています。

あと、「友達って何なの? 母さんは、友達いるの?」という質問に対して、母親は泣くばかりでまともに答えていません。

今回のエピソードは主人公の境遇の悲惨さを強調するために挿入されたようですが、いつ頃の話なのかの説明もないし、前の話との矛盾はあるし、キャラクターの思考や行動は支離滅裂だしで、読んでいてとても疲れますね。

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今回の母親号泣シーンはどうやって生まれたんでしょうかねぇ……。単純に、それがSyamuさんの妄想(理想)なのか、はたまた主人公の悲惨な境遇の責任を何者かに押し付けようとした時に、それがたまたま親だったのか……。