「ゾット帝国」を徹底解明

syamu game(裕P)さんが執筆した小説「ゾット帝国」を考察しています。

「ほならね理論」を論破する

「ほならね理論」とは言うものの、Syamuさんが批判的なコメントに絡んだというだけの話ですからね。議論ですらないものを、論破するも何も……という気もするのですが、ガチで「『ほならね理論』って万能だよな」と思っている人もいるみたいなので、論理的な瑕疵をまとめてみました。

※「ほならね理論」をご存じない方は、以下の記事をご覧ください。

dic.nicovideo.jp

「ほならね理論」の誤謬

① 論点をずらしている

発言内容を整理すると、Syamuさんに批判的なコメントをした人(以下、批判者)の論点は「Syamuさんが作るサムネがつまらないかどうか」、Syamuさんの論点は「文句を言うならば自分で作るべきだ」となります。

最初に発言した(テーマを設定した)のは批判者の方です。つまり、Syamuさんの方が論点ずらしを行ったことになります。卑劣ですね。

② サムネを作る義務はない

そもそもの話ですが、Syamuさんと批判者は何の契約も交わしていないので、両者とも何ら義務を負っていません。

どういうコメントをしようが → 批判者の自由

そのコメントを無視しようが、絡もうが → Syamuさんの自由

ほならね理論を真に受けてサムネを作ろうが、無視しようが → 批判者の自由

③ 一方的に煽っている

「もっとサムネを面白くしろ!」と言われて「ほならね?」と反論するのは、まだ分からなくもないんですよ。しかし、実際、批判者は動画を見た感想を述べたに過ぎず、Syamuさんに何かを強制しているわけではないですよね。にもかかわらず、「自分で作ってみれば?」などと言えば、喧嘩腰だと思われても仕方がないです。

④ 「ほならね理論」は「ほならね理論」によって反論される

「ほならね理論」の実態が「論点をずらし、義務のないことを一方的に煽る」という論法であるということがお分かりいただけたと思います。ちなみに、両者がこの方法を使うと千日手に陥る可能性が高いです。やってみますね。

A「いやーほならね? 自分で作ってみろって話でしょ?」

B「いやーほならね? まずはお前が直せって話でしょ?」

A「いやーほならね? できないなら文句言うなって話でしょ?」

B「いやーほならね? コメント欄を解放するなって話でしょ?」

このように永遠に続いてしまいます。

議論とは、より良い結論を生み出すためにするもので、マウントをとるためにするものではありませんので、千日手になる論法は基本的に無意味です。

⑤ 餃子上手く焼けた人のTwitter ブロックした奴が言うな

知らない人は「冷凍餃子ブロック兄貴」で検索、しよう!

「お前がやってみろ」が有効な場合

理不尽に行動を命令・強制されたり、指示内容が不明瞭な時に言うのが、最も有効であると思います。例として今回のケースにあてはめますと、

A「サムネを面白くしろ」

B「具体的にどうすればいいですか?」

A「とにかく面白く」

B「どうすればいいか分からないので、実際に作ってみていただけませんか?」

という感じですね。

次に有効なのが、実は大変な作業だから一度経験してみてほしい、という場合です。例えば、

A「サムネがつまらない」

B「サムネつくるのって意外と大変なんですよ~。ぜひ一度やってみて下さい」

という感じです。まあ、反論にはなりませんが、話を「流す」方法としては使えるんじゃないでしょうか。

ちなみに

個人的には、クリエイターやアーティストに限らず、他者からの批判的な意見に耳を貸さない人は成長できないと思っていますので、みなさんもこのブログに不満があったらどんどん書き込んでくださいね。(コメントひとつひとつに返信をしているわけではないのですが、全部読ませていただいております。) 

ウザい奴を言い負かす技術 エディターズカット版

ウザい奴を言い負かす技術 エディターズカット版

 

丸山穂高議員も「ほならね理論」とか言い始めてワロタ