「ゾット帝国」を徹底解明

syamu game(裕P)さんが執筆した小説「ゾット帝国」を考察しています。

【オフゼロ4周年記念】syamuさんと振り返る戦後日本

syamuさん、オフゼロ4周年おめでとうございます!

ンーーー、改めて考えると凄いな、って思うなあ。syamuさんはやっぱ。凄いなあと思うなあ。
引退後もこうして記念日を祝われてるわけでしょ?
そういうレジェンドな人はなっかなかいないと思うよ。

というわけで

せっかくの記念日だし、カスくてもいいから何か動画を投稿したいなぁ~と思い、こういうのを作ってみました。

www.nicovideo.jp

まあ今日の退勤後に思いつきで作ったから仕方ないのですが、思いっ切り手抜きスライドショーなんですよね……。

その節は・・・というかその件はどうもすいませんした。自分でも手抜きだったかな~と思いました、はい。ちょっとそこがモヤモヤだったんで謝りましたぁ・・・!というかもうね、細かいこと気にし過ぎですよね。あと~影響されすぎといいますか・・・(以下略)

syamuさんの世代とは?

syamuさんは1984年生まれと考えられています。これは氷河期世代ゆとり世代の間に位置します。どうやら、この世代を指す定着した呼び名はないようです。

例えば「はざま世代」という呼び方があります。

「はざま世代」は、1982~86年ごろの生まれを指している

(中略)

競争して「上」を目指したい人には年収の高い外資系のコンサルティング会社や投資銀行が人気だったし、就職せずに自分探しをする人、定職に就かない人も少なくなかった。「はざま世代」は競争重視と個性重視の間にはさまれた、ともすれば中途半端な世代である。

出典:「はざま世代」が思う、競争と個性 | ニッセイ基礎研究所

他にも「プレッシャー世代」という呼び方もあります。

プレッシャー世代】とは

最近、ネット界やビジネスシーン、学問の世界などで新世代が台頭し始めている、現在25歳から30歳(1982-1987年生まれ)の世代。ゆとり世代氷河期世代の間に位置。人気ブロガー“sugio”さんが2007年に命名。ネット上で生まれ、ネット上で話題となった。

出典:27歳の社会学者・古市憲寿が<プレッシャー世代>を分析!(2012年9月30日) - エキサイトニュース(1/12)

syamuさんが氷河期世代(ロスジェネ世代)だったら?

もし、syamuさんが氷河期世代に生まれていたらどうなっていたでしょうね。人の2倍、3倍働くのは当たり前、といった価値観が比較的強い世代ですから、仕事を辞めることはなかったかもしれません。とはいえ、職場の先輩や上司がsyamuさんだったらと思うと……恐ろしいですね。

ロスジェネの逆襲 (文春文庫)

ロスジェネの逆襲 (文春文庫)

 

今日はsyamu_MADを見ながら酒飲んで寝ます。

【『これが~ユージの歩く道!』考察】第九回「第四話の内容」

オフゼロ記念日が近付いてきましたが、動画のアイディアも浮かばないし、仕事も忙しいし、部屋は暑いしで、どーにもならないので記事を更新しようと思います。

出典:piapro(ピアプロ)|テキスト「これが~ユージの歩く道! 第四話」

第四話の内容

第一話~第三話に比べ、第四話は明らかに文字数が多いですね。いきなりどうしたんでしょうか。

最初のシーン

まーたイジメられてるシーンか~。

しかもまーた家族愛アピール ↓

両親以外に、誰にも守られていない――
両親に支えられたから、ここまで来れたのかもしれない。

そしてお馴染の神頼み。

「神様へ、どうかぼくに友達をください。何をすればいいですか?」

何をすればいいですか?とは言うものの、その後なにかをしたという描写はありません。キャラクターがまともに努力している場面を書けないのは、なろう作家特有の病なのでしょうか?

次のシーン

 そんなある日、少年に声をかける、男の子と女の子に出会った。
「わりぃ、待たせたな。今から来てくれ、お前が必要なんだ」
 照れくさそうに、手を差し伸べる男の子。
「そうそう。あたしたちがキミを守ってあげるよ
 その横で、少年を心配そうに覗き込む女の子。

ご都合主義はひとまず横に置いておいて、ここまで書くっていうことは Syamuさんにとって「両親以外の誰かに守られる」ということは非常に大事なことなんでしょうね。

こぉ~少しは誰かを守ってあげようという~気持ちが無いんでしょうか?と私は言いたい。

この後、裕二は2人がいじめっ子の仲間だと考え、男の子の方に殴りかかります。裕二を止めようと、女の子が裕二を後ろから抱きしめます。

「もう、やめよ……ね?」
「くっ、何しやがる! 放せ!」
(!? これって……母さんと、同じ匂いだ……優しい匂い……キミは、優しいの?……)
「ごめん……」
少年の怒りは、静かに消えていった……

母親と同じ匂いねぇ……うーん……。

そうしていたところ、男の子に

「あ~、お前ら何やってんだよ! ずりぃぞ! こんにゃろ!」

と言われた裕二と女の子は恥ずかしくなって離れます。

「二人とも顔が真っ赤で、おもしれぇな。ハハ」
 息を切らしながらも、二人を指差して笑う男の子。
 その笑い声に誘われるように、二人も笑う。
 三人は笑い合った。

はあ、そうですか。よかったですね。

3つ目のシーン

3人は仲直りの握手をします。

「おれはお前をイジメてるやつらが嫌いだ。お前と友達になりたい、ずっと見てたんだ」
「あたしもキミ、嫌いじゃないよ? ほんとだよ? あたしが許さないのは弱い者イジメだから」

はえ~そういう理由だったんすねぇ~。裕二(高校生)の正義感が強いという性格はこの2人に影響されたものと考えるのが自然ですね。

 三人は握手し合った、ひとつの約束を交わした。友達になった、手を繋いだ。そして幼馴染になった。
 仲良しの幼馴染三人組に……

桃園の誓いみたいな友達のなり方ですが、まあいいことにします。その後、3人は自分の名前を言いかけて、走り出します(←意味不明)。以降も3人の名前は出てこないので、少年(主人公)・男の子・女の子が設定集の誰に相当するのかは明確には描かれていません。

「これから、悪いことをしよう。それが、おれたちの遊びだ」
「あ~、それ、おもしろそうじゃん。って、それが言いたかったの?」「まあな、明日から忙しくなるぞ。おれたちは、悪ガキ三人組として有名になるんだ」

と、息巻く男の子は3人のチーム名を宣言します。

「チーム名は……ドリーム・フォースだ」
「ねぇ、それってどういう意味?」
 聞き慣れない、難しい言葉。
 ドリーム・フォース――
「ゆめのちから、さ」

痛てぇ……。てか、悪いことをする予定のやつらが夢とか言ってんじゃねえよ。

チームリーダーは男の子で、この時点の裕二はまだ気弱な子どもという設定です。

 三人は再び、走り出した。
 一人は、元気良く。
 一人は、楽しく。
 一人は、不安一杯で。
 そうやって、少年達は大人になった。
 そんな日が、続いていくと信じていた……
 あの日までは……

という文章でおしまいです。

第一話~第四話はプロローグで第五話以降が本編だったのでしょうが、投稿された文章は今回の話で最後なので、この後の話の展開は想像するしかありません。

オフゼロ記念日には何の動画も投稿できなさそうです……。Syamuさんごめんよ、ごめんやで?

【ゾッ帝考察83】最終報告 第五章「歴史」

どこで何をしていようと、作家志望者にテレビはいらない。
―― スティーブン・キング

最終報告 第五章「歴史」

5.1 暦

ゾッ帝世界の暦について本編では特に説明されておらず、確かなことは「年」や「日」という概念が存在する、ということくらいである。本論では便宜的に、ゾッ帝世界の1日を地球における1日と同じ長さとし、暦法グレゴリオ暦に準ずることとする。また、カイト編2章及びジン編3章で記述されている「紅月の日」を紀元1年1月1日とする。なお、紀元1年の前年は紀元前1年である。

5.2 時代区分

本論では便宜的に、ゾッ帝世界の歴史は4つに区切る。まず、先史時代から呪師の支配とその崩壊までを「神話の時代」、次にラウル帝国の興隆と滅亡までを「古代」、その後の本編では触れられていない空白の時代を「中世」、紀元前100年~紀元前6年を「近代」、本編第一部が開始される紀元前5年以降を「現代」とする。

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神話の時代(先史時代~紀元前3000年頃)

呪師の支配とその崩壊については前章にて解説したため省略する。この後、100年に1度の紅月発動のたびに魔族と人間の戦争が発生するようになる。この戦争を「百年戦争」と呼ぶ。
本論では、ギリシャ神話の伝承と成立年代を参考に、この時代の範囲を先史時代から紀元前3000年頃とした。

古代(紀元前3000年頃~紀元前1500年頃)

呪師支配の崩壊後、アルガスタ情勢は混沌としていたと考えられる。その混沌の中から一大勢力へと成長したのが「ラウル帝国」であった。ラウル帝国では、動物を素材に魔物を創りだし、それらをプログラムで制御して国防を担わせる等、高度な魔法技術を有していた。
しかし、隆盛を誇ったラウル帝国にも終わりの時がやってくる。ある時、ウィリアム王という者が元首の座についた。彼は闇に染まり(具体的には、紅月の日に魔王と化して呪師のようにアルガスタを支配することを試みた、と考えられる)、それを危惧した王妃アリーシャによって、「呪い」と引き換えに神の塔の頂上の祭壇に封印された。

「呪い(穢れ、怨念)」とは、魔力による災害のようなものであると考えられ、周辺の動物が魔物と化す、などの被害が発生したようである。これにより、当時ラウル帝国が存在した地域に立ち入ることは禁忌となり、時代を経て鬱蒼と茂った森に変貌した。後に、その森は「禁断の森」と呼ばれるようになった。

ウィリアム王が常日頃身に着けていたクリスタルの首飾りは、彼の死後、地下施設に安置された。この施設は、後に「ラウル古代遺跡」と呼ばれるようになる。遺跡の番人にはディーネとフィーネが任じられた。

本論では、古代ローマの興亡を参考に、この時代の範囲を紀元前3000年頃~紀元前1500年頃とした。

中世(紀元前1500年頃~紀元前101年)

この期間については本編中では全く言及されていない。いわば空白の時代である。

想像される出来事として、アルガスタ王国の成立がある。平均在位年数を20年とすると、紀元前380年前後にアルガスタ王国初代国王が即位したと考えられる。

近代(紀元前100年~紀元前6年)

紀元前100年に発生した紅月の稼働とそれに伴う百年戦争は、アルガスタ十四代国王が魔王と化したことで長期化したと考えられる。魔王はユニフォンへ侵入するためゲートを作ろうとしたが、年老いていたため一歩及ばなかった。

魔王を打倒するため、アルガスタ王国側では討伐隊が組織された。討伐隊は魔王を処刑する一歩手前まで行ったが、隊内に裏切り者(アリスのことだと考えられる)がいたために、魔王は死を逃れ、アルガスタの地下に封印されることとなった。

その後、魔王は僅かに残った力を駆使しユニフォンへと転生することで、地下深くの牢獄を脱した。転生後はニコルと名乗り、魔王としての力を取り戻そうとユニフォンで暗躍する。(注:魔王が転生したユニフォンはアルガスタより100年未来のユニフォンである。)

紀元前21年、ジン編第一部と第二部の主人公であるジンがアルガスタにて生まれる。

紀元前16年、カイト編第一部と第二部の主人公であるカイトがアルガスタにて生まれる。

そして、紀元前10年頃~紀元前5年頃の出来事だと思われるが、ラウル古代遺跡に探検隊が侵入し、遺跡を荒らすという事件があった。ディーネとフィーネはこの際に封印されたと考えられる。冒険家であったカイトの祖父は脅され、この探検隊の先導役を務めた。彼は遺跡の最深部に安置されていたウィリアム王のクリスタルの首飾りを発見し、探検隊の手に渡らぬよう、秘密裏に持ち帰った。

現代(紀元前5年~)

紀元前5年より、本編が開始される。本編のストーリーの流れについては後述する。

読むだけですっきりわかる日本史 (宝島社文庫)

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アンコールさん、前回の記事へのコメントありがとナス!

最近暑すぎてPCをつける気すら起こらなかったため、前回の投稿からかなり期間が空いてしまいました。オフゼロ記念日までに最終報告を完成させたかったのですが、この調子だと無理かもしれません......。まあ、ゆっくりやっていきたいと思います。

【『これが~ユージの歩く道!』考察】第八回「第三話の内容」

ゾッ帝も酷かったですが、ユージはもっと酷いですね。

ゾット帝国シリーズがSyamuさんなりの成長の結果だったとは…… 思いもよりませんでした。

第三話の内容

出典:http://web.archive.org/web/20151129234134/http://piapro.jp:80/t/pTXS

前回、思わせぶりな終わり方だったので、このまま新キャラ登場の流れかと思っていたのですが、どうやら前回の続きではないようです。内容的に、過去の回想シーンと理解して差し支えないでしょう。時系列的には第一話より前の事象であると思われます。

最初のシーン

親が子どもを迎えに来ていますので、場所は保育所か幼稚園でしょうか。

放課後、いじめっ子もいないのに、教室で遊ぶことも先生と話すこともできない裕二。彼は母親の迎えを待ちますが、両親が共働きのため、いつも最後まで(保育所?に)残っている、というシーンです。

個人的には、手を握って一緒にいてくれた先生に対して無礼極まりない(話しかけられたのに返答しない、聴きたくもない声との記述、見送ってくれたのに振り向きもしない)態度をとるのがすっげー腹が立ちました。どんな教育してんだ、この子どもの親は。

次のシーン

えーざっくり言いますと、迎えにきた母と手をつないで帰る裕二。途中、公園の側を通った時、子どもたちが遊んでいるのを見て、彼は

「友達って何なの? 母さんは、友達いるの?」

という疑問を口にします。その言葉に、裕二の母は、友達もなくただ一人で迎えを待っている息子の姿を思い浮かべ号泣。

「ごめんね……ごめんね……」

と狂ったように謝りながら息子を優しく抱きしめます。

仕事で忙しい自分にとっって、それが精一杯の愛だった。

とのことです。

……ん?

友達ができないのを親のせいにしてませんか、これ。

加えて、そもそも第一話の記述と矛盾しているんですね。第一話には、裕二がいじめられていることに両親は気づいていながらも、

あえて少年の両親は、何もしなかったのだ……
自分の息子の強さを見守るために……

と書いてあります。

つまり

両親が裕二にあまり手をかけない理由について、第一話では「息子の成長を見守るためにあえて」、第二話では「共働きで時間がないから」と説明しており、矛盾している。

イジメについては両親が学校に言いつければ無くなるかもしれません。友達の有無に関しては、普通に考えて両親の責任ではないと思うのですが、母親は自分の責任であるかの如く謝罪しています。

あと、「友達って何なの? 母さんは、友達いるの?」という質問に対して、母親は泣くばかりでまともに答えていません。

今回のエピソードは主人公の境遇の悲惨さを強調するために挿入されたようですが、いつ頃の話なのかの説明もないし、前の話との矛盾はあるし、キャラクターの思考や行動は支離滅裂だしで、読んでいてとても疲れますね。

結婚と家族のこれから 共働き社会の限界 (光文社新書)

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今回の母親号泣シーンはどうやって生まれたんでしょうかねぇ……。単純に、それがSyamuさんの妄想(理想)なのか、はたまた主人公の悲惨な境遇の責任を何者かに押し付けようとした時に、それがたまたま親だったのか……。

【『これが~ユージの歩く道!』考察】第七回「第二話の内容」

totoBIG、全然当たんないっすね……これなら競馬の方がいいかも……。

第二話の内容

出典:http://web.archive.org/web/20151227043404/http://piapro.jp:80/t/UevZ

最初のシーン

時間が経過し、怒りが収まったため第二の人格は引っ込みました。

怒れば、強くなれる。
たとえそれが間違いだとしても――

(この力が、ぼくを強くしてくれるんだ……)
ちょっぴり嬉しくなれた、自信になった。

キレて暴れたのを強さと捉えたり、自信にしたりするのは、あまり褒められたものじゃないと思うのですが、Syamuさん的にはカッコいいんですかねぇ……。ともかく、少年時代の前川裕二は、普段はおとなしいけどキレたら怖い(第二の人格が現れる)、という設定のようです。

次のシーン

身体を取り戻した裕二は気絶します。(ゾッ帝でも気絶シーン多いですよね)。

そして目覚めた時には先ほどのブチギレ事件を忘れていました。(あぁん?なんで?)

再び悲嘆に暮れる裕二。しかし、扉が開き、いじめっ子たちではない何者かによって手が差し伸べられます。

これで今回の話は終わりです。草。

内容薄スギィ!

さすがにこれじゃあ記事が短すぎるので、プロット①に記載されている『これが~ユージの歩く道!』の主題歌のご紹介をしたいと思います。

出典:ほーい、ついに来たよ | 初音ミクの発表会

主題歌:僕らの青春ゲーム! 作詞作曲・浜ちゃん ボーカル:初音ミク

Aメロ:誰が善悪かも知らないこの世界で
    何が正しいかなんて答えは贅沢で
    ただ僕らが繰り返しの罠に掛る時
    僕らはまだ同じ道を歩いているけど

Bメロ:やがてつまらない大人になることを賭けた
    そんな人生だけは買いたくないだから
    今この時を遊ぶ今しかできないこと
    イヤなことにカッコつけたら負け組

サ ビ:さぁ恥ずかしがらずに大きな声で
    自分を魅せよう素直になれば輝ける
    未来は僕らの掌にあるから明日がある
    もう一度キミの心に虹の架け橋掛けて

Aメロ:誰にでも光はあるからその光を見つけよう
    何処かで新しいサインを出しているはずさ
    キミのハートを狙い撃ちすれば夢から覚めるかもね
    ひとりひとりが輪になれば強い力に

何かを言っているようで何も言っていない歌詞ですが、それでもSyamuさんが作詞した他の曲と比べると圧倒的にいい出来ですよね。どなたか志ある俺オナ民の方が曲をつけて下さらないかなあ……と思ってしまうくらい、Syamuさんの作品の中では一般寄りの内容です。

ちなみに、一般的なJ-POPは、イントロ→Aメロ→サビ→Bメロ→サビ→Cメロ→サビという構成をしていることが多いですよね。なので、最後のAメロはCメロの間違いかも知れません。

仮面ライダー生誕45周年記念 平成ライダーTV主題歌ベスト VOL.2

仮面ライダー生誕45周年記念 平成ライダーTV主題歌ベスト VOL.2

2話に渡って監禁されている主人公ですが、次の話でようやく外に出られそうですね。

【ゾッ帝考察82】最終報告 第四章「宇宙の成り立ち」

『月が輝いている』、なんて言わないで欲しい。ガラスの破片にきらめく光を見せて欲しいのだ

―― アントン・チェーホフ

 第四章「宇宙の成り立ち」

4.1 2つの宇宙と原始状態

ゾッ帝世界には2つの宇宙が存在する。『アルガスタ』と『ユニフォン』である。

本編の記述から察するに、原初、この2つの宇宙は鏡面世界のように表裏一体であったと考えられる。相互の移動は「神隠し」のような再現性の難しい形でのみ行われ、自由に行き来することはできないような状況を想像されたい。

その後、呪師が登場する。呪師は神と死神を創りだし、支配下に置いたことで強大な魔法力を有していた。その力でアルガスタを支配した呪師は、ユニフォンをも支配しようと画策し、アルガスタの月に『紅月(あかつき)』という術式をかけた。

4.2 紅月(あかつき)

紅月には2つの機能がある。1つ目は、アルガスタ内の魔族を不死化させることである。2つ目は、アルガスタとユニフォンを時間的・空間的につなげる「ゲート」を顕現させ、自由に移動することができるようにする、というものである。

術式の発動中は、その名の通り月が赤く変色する。紅月によりアルガスタとユニフォンは接続され、一つの宇宙となった。

なお、本編中に確たる記述はないものの、紅月を稼働させ続けるには神または死神の力の供給が必要であると考えられる。

4.3 神と死神の力の暴走

その後、何らかの理由により神と死神の力が暴走する。これにより紅月は魔力供給が絶たれ、かつ、術式の一部が狂ってしまった。この事件の後、紅月は以下のような状態となる。

まず、魔力供給がないため、基本的には機能停止状態である。ただし、100年に1度だけ、不完全ながら術式が発動する。時間は当日の0時~早朝。月が赤く変色する、魔族が不死化する、という機能は正常に作動するが、時空はアルガスタから見て約100年後のユニフォンに接続されてしまう。また、ゲートは開かないため、宇宙間を移動するには転移魔法や転生するしかない。

この100年に1度の紅月発動のタイミングで、神と死神の力を用いて魔力を供給できれば、紅月を以前のように常設化することが可能である。ゲートも開く

4.4 呪師の支配の終わり

神と死神の力の暴走により、当時の国家は滅亡。呪師の支配は崩壊した。

呪師は神と死神の力を他者に渡したくないがために、その力をとある物に封印し、さらに時間が経過すると別の物へと力が移るように術式を組んだ。呪師自身は怒った民衆により殺され、その生涯を終えたが、彼が創りだした力は時代を越えて様々な人に様々な形で受け継がれることとなった。

こうして神話の時代は終わりを告げ、歴史は古代へと突入していく。

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宇宙兄弟

宇宙兄弟

以前の中間報告では、タイムトラベル問題をクリアするために、宇宙の時間軸をズラすしたり、表現に忠実に宇宙を分裂させるなど、かなり無理やりな解釈をしてしまいました。

その反省を活かし、今回は、紅月が狂ってしまったために接続先が未来のユニフォンになってしまった、という形にしました。こうすれば、紅月の術式を修正するだけで本来の形に戻ることができます。

【『これが~ユージの歩く道!』考察】第六回「第一話の内容」

ゾッ帝最終報告の4章を投稿したいのですが、どうしてもまとまらないので、とりあえずユージ考察を進めます……。

あと、先日、このブログの総アクセス数が22000回を突破いたしました。いつもご覧下さり本当にありがとうございます。稚拙な文章ですが、これからも投稿し続けていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

第一話の内容

出典:piapro(ピアプロ)|テキスト「これが~ユージの歩く道! 第一話」

章のタイトル

章のタイトルは「~プロローグ~ 三人の出会い編」となっていますね。主人公を含めた3人が主要キャラとして位置づけられているようです。

主要キャラが3名というのはゾッ帝にも、ありますねぇ! ありますあります。第一部ではカイト、ミサ、ネロ、第三部では光秀、茜、宗次郎が該当します。どちらも「主人公+ヒロイン+親友の男」という構成です。

今のところ、私はこの作品がゾッ帝の原点であると睨んでますので、タイトルにある「三人」は「主人公+ヒロイン+親友の男」という構成なのではないかと予想しておきます。

最初のシーン

まず、主人公の少年は気弱な性格で、暗くて狭い部屋に閉じ込められる、といういじめを複数人から日常的に受けていた、ということが描かれます。

次に、主人公はそのことを両親に相談できなかった、また両親もそれに気づいていたが、息子の成長を見守ろうと、あえて何も言わなかった、という記述があります。

すごく良い書かれ方をしていますが、息子がいじめられていることに気付いているのに何もしない親というのが、正しい状況というのは結構あるもんなんでしょうか? 「両親だけが、少年の唯一の理解者だった。」という文が、腑に落ちない自分がいます。

次のシーン

自分をいじめる少年たちに対して「こんなの友達じゃない」という想いを抱いたことをキッカケに、主人公の中で別の人格が目覚め、身体を乗っ取ります。この人格は怒りに身を任せて行動するような、情動的な人格のようですが……。

本文を読む限り、単にキレただけのようにしか思えないんですよね……無粋かもしれませんが……。

ともかく、主人公は気弱な人格と激情型の人格の2つを持っている、二重人格者のようです。前者が元々の性格ですね。

17人のわたし ある多重人格女性の記録

17人のわたし ある多重人格女性の記録

剣竜さんコメントありがとナス!